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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気10
NL00090104
感染症

食品からうつる人獣共通感染症-その2 乳から

国立感染症研究所 人獣共通感染症室
神山 恒夫

■1 はじめに
 いうまでもなく乳は動物の分泌液です。そのため、乳房内や乳房周囲の汚染の影響で、搾乳直後でも各種の細菌、リケッチア、ウイルスなどの微生物が含まれている可能性は捨て切れません。その中には結核菌、ブドウ球菌、ブルセラ菌、リステリア菌、Q熱リケッチアなどのヒトに危害を加える可能性のある微生物が含まれている場合があり、殺菌処理(用語集参照)が不十分であったためにこれらが感染源となった事例も知られています。

■2 結核
 結核はいまなお世界的に非常に重要な感染症です。結核菌はヒト以外にもウシなどの動物に感染しますが、感染牛の乳汁中に結核菌が排出されることがあります。このため乳を生のまま、あるいは殺菌が不十分な乳を飲むことで感染する場合があります。また、そうした乳から作られた乳製品も重要な感染源となります。
 日本ではウシの結核は家畜の法定伝染病の一つに指定され、乳牛に対してはツベルクリン反応による定期的検査を行って陽性牛を摘発・淘汰しています。このような防疫処置が功を奏してわが国のウシの結核発生は激減しました。一方国外では、特に一部の家畜に対する衛生管理が不十分な国や地域において、ウシの結核は広範囲に認められます。

■3 ブルセラ症
 ブルセラ症の原因はブルセラ菌と呼ばれる細菌で、動物に対しては流産や死産、それに乳房炎をおこします。菌は流産胎児や胎盤などに含まれるほか、乳汁中への排出も続きます。ヒトはこれらの汚染物に接触したり、汚染した乳を飲むことで感染します。感染すると40℃から41℃にも達する高い熱を出してインフルエンザやマラリアと誤診されることが多いと言われます。この発熱期は間欠的に、長いときには1年以上にもわたって繰り返えして長期間健康障害に陥ることの多い病気です。
 現在日本ではヒトのブルセラ症は発生していません。家畜のブルセラ症対策が進み、感染源がなくなったことが最も大きな要因です。しかし世界的にはヨーロッパの地中海沿岸、ソ連および南米、北米、オーストラリアなどの広い地域に存在していることが知られています。国によっては動物の感染率が10%を越える場合もみられます。これらの地区に滞在中には、農村地区へ遊びに行って生乳を飲んだりしないよう注意が必要です。また、チーズも十分に熟成したものを食べるようにします。

■4 リステリア症
 リステリア症はリステリア菌(図1)という細菌が原因となるほ乳動物や鳥類の感染症です。感染すると成人では通常、髄膜炎や髄膜脳炎を呈し、反芻動物では脳炎、単胃動物では敗血症になることが多いと言われます。例は少ないのですが乳房炎のウシの乳から分離されることもあります。

 この菌の特徴の一つは症状を出している動物だけではなく、外見上健康な家畜、野生動物およびヒトの糞便などのほか土壌や水など、広く環境中にも分布しることです。このために感染源や感染経路を特定することが困難な病気の一つとなっています。
 欧米では、生乳のタンクの2~5%にリステリア菌が検出されたとする調査結果が報告されています。その場合の菌数は1mlあたり1~10個以下とわずかなものでした。しかし、リステリア菌は冷蔵庫内のような低温でも、徐々にではありますが増殖できる性質を持っています。そのため、最初の汚染濃度が低い場合でも、その後の過程で菌数が増加し、飲食した人が症状を出すほどの菌数に達する場合があります。
 乳製品の消費量の多いヨーロッパやアメリカでは、乳製品が原因となったリステリア症の流行もおこっています。代表的な例には、低温殺菌牛乳が原因となった流行(1983年、ボストン)、メキシコ風チーズが原因となった流行(1985年、カリフォルニア)、ソフトチーズが原因となった流行(1983-1987年、スイス)、おなじくソフトチーズが原因となった流行(1995年、フランス)などがあります。チーズ以外の乳製品では、アイスクリーム、ヨーグルト、およびバターはリステリア菌によって汚染される確率は低いといわれています。

■5 Q熱
 Q熱リケッチア(図2)と呼ばれる細菌の一種によっておこる人獣共通感染症があります。インフルエンザやオウム病、およびマイコプラズマ肺炎と類似の呼吸器症状や慢性肝炎の症状をあらわします。Q熱リケッチアは野生動物、ウシ、ヒツジ、ヤギが病原巣で、これらは普通不顕性感染をしています。Q熱リケッチアは感染動物の排泄物中に含まれています。ヒトに対しては、胎盤組織、胎児膜、羊水および乳や大便で汚染された塵埃が感染源となることが多いのですが、感染牛の生乳もまた感染源となります。

 Q熱の発生は世界中で報告されており、日本にも存在しています。ヒトの感染は家畜や動物を飼育している人や肉加工場の従業員に多いのですが、乳が原因となる場合では一般のヒトにも感染の機会があるといえます。Q熱リケッチアは熱処理に対する抵抗性が比較的強いため、乳からの感染を予防するためにはウシ、ヤギ、ヒツジの生乳に対しては完全な殺菌処理を励行することが重要でしょう。

■6 おわりに
 ここで取り上げた他にも乳が感染源となる人獣共通感染症には多くのものが知られています。このような乳由来の人獣共通感染症を防ぐためには、何度も触れてきましたように適切な方法で殺菌された乳だけを飲むようにし、生乳の飲用は避けることが大切です。しかし、最も有効で根本的な方法はウシをはじめとした乳用家畜の健康管理です。特に泌乳中の家畜の健康はわれわれ人間の健康に直接関係しています。これは獣医師や酪農家の大きな責任といえましょう。

●用語集
乳の殺菌処理:
 生乳は、その中に含まれる有害微生物を殺すために殺菌処理が施される。処理は熱に対して抵抗性の強い結核菌を殺すことができ、かつ食品としての風味を損なわないような条件で行われ、現在は120~130℃で2~3秒間加熱する超高温殺菌法がよく用いられている。なお、「殺菌」は英語でpasteurization(直訳すると「パスツールの方法で処理すること」の意)といい、語源はフランスの微生物学者ルイ・パスツールが初めて微生物を加熱殺菌したことにちなんでいる。

筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。