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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気7
NL00060105
アライグマ /感染症

アライグマ回虫感染症
国立感染症研究所 人獣共通感染症室
神山 恒夫

■1 はじめに
 最近CDC(米国疾病管理センター)やカリフォルニア州衛生部の人獣共通感染症の専門家から、アライグマ回虫に対する対策に頭を痛めているという話を聞きました。アライグマは中部アメリカから北アメリカにかけて分布しているアライグマ科の動物です。特に東部では狂犬病ウイルスの保有動物として問題となっていることは以前にもご紹介した通りです。

■2 アライグマ回虫
 アライグマ回虫はアライグマの消化管の中に寄生していますが、アライグマ自身の症状は軽く、正常に見えることが多いとされています。成熟したアライグマ回虫は多いときには数十万個もの卵を消化管の中に生み、それは糞と一緒に排泄されます。アメリカでは、調査地点によっても違いますが40-100%のアライグマの糞の中にこの卵が排泄されていることが明らかになっています。
 排泄された卵または外界で孵化した幼虫が人間に感染することがあります。アライグマ回虫に最もかかりやすいのは小さな子供達です。子供はものや土によくさわりますし、汚れた指を口に入れることも多いからです。このため、よちよち歩きの子供、猟師、野生動物監視員などがリスクの高い人たちです。

■3 幼虫移行症
 寄生虫はある特定の動物種(これを固有宿主といいます)にのみ寄生する性質が強いのですが、ほかの動物(例えばヒト)に感染した場合には成熟することができずに幼虫のまま体内を動き回り、それによる症状が表れることがあります。これが幼虫移行症(用語集参照)と呼ばれるものです。
 アライグマ回虫も、ヒトの体に侵入しても成熟できずに幼虫のまま体内を動き回る性質があります。アライグマ回虫の幼虫は2mm程度と比較的大型で、しかも体内を活発に動き回るために、それによる移行症はとても重篤になることが多いとされています。特に中枢神経(脳)や眼球に移行する性質が強く、中枢神経に侵入した場合には致死的な感染となったり、眼球に侵入した場合には失明などの眼底疾患をおこすことが知られています。
 アライグマ回虫の幼虫移行症では、咳、発熱、傾眠、錯乱、視力障害、中枢神経症状、髄膜炎などがみられます。しかし幼虫が筋肉内や結合組織の中で「から」をかぶった状態になることもあり、その場合は症状も軽く、感染の疑いが持たれることもないようです。いずれの場合も診断は困難で、感染率は正確にはわかっていません。
 1981年以降、医学専門誌に報告されたアライグマ回虫移行症は全米でもわずか5例にすぎません。しかしその中には、アライグマ回虫の移行症による中枢神経障害によって失明し、歩行や会話もできなくなり24時間の介護を必要とするようになった男児の例も含まれています。この症例が発生した町にはアライグマに餌付けをする場所があってそのために野生アライグマの数が増加していました。後から調べたところ、その地域ではアライグマの98%がアライグマ回虫を保有していたことが明らかとなっています。
 アメリカの場合、野生アライグマの回虫感染率やその生息数から推定すると人体感染例は少なすぎると指摘する専門家もいます。感染が確認された症例のほかにも、これまでに報告されていない症例や、ほかの病気と誤診された症例があるのではないかと疑われています。

■4 アライグマ回虫の感染予防
 幼虫移行症に対する特効薬はありません。したがって感染しないように予防することが最も大切になります。しかし日本ではアライグマ回虫の感染予防対策はほとんど知られていません。その原因としては、日本には一部に野生化したアライグマがいますがその数はアメリカには及ばないことや、アライグマ回虫の移行症もこれまでは報告されていないことなどがあると思われます。
 そこで、昨年カリフォルニア州有害野生動物対策協会が「自分自身と、家族と、飼っているペットを守るために」として発行したアライグマ回虫に注意を呼びかけるパンフレットの一部をご紹介します。

(1) アライグマそのものに対する対策
・周辺にアライグマが住みづらくする。
・アライグマとの直接接触は絶対にしない。
・ガレージやペットの出入り口は通常は閉めておき、床やベランダの下、暖炉、離れ屋、および屋根裏に動物が入り込まないようにする。
・アライグマに餌を与えたりペットフードを外に置いたりしない。
・落ちた木の実は拾い、片づけておく。
・水がたまる容器にはふたをするか、たまった水は捨てておく。
・プラスチックや金属製の生ゴミ容器にはふたをし、密閉する。
・屋根から4フィート(約1メートル20センチ)以内の木の枝は切り払う。
・煙突のてっぺんには覆いをつけるか火花装置をつける。
・換気用の網が壊れたら修理するか新しいものと取り替える。
(2) 糞に対する対策
・アライグマが糞をする場所には近づかない。
・子供の砂場にはおおいをかける。
・タキギやワラはアライグマが「便所」に使った可能性があると考える。
・糞をかたづけたり掃除をするときには虫卵を吸い込まないように、常にHEPAフィルター(用語集参照)のついたマスクや手袋を着用する。
・アライグマの糞で汚染された干し草、藁、松の木の葉はできれば焼却するか深く埋める。これらで堆肥を作ってはならない。
・乾燥したアライグマの糞は必ず焼却処分をする。
・屋根裏、暖炉、地下室、庭などでアライグマの糞を掃除するときは十分に湿らせて舞い上がらないようにする。
(3) 回虫卵に対する対策
 アライグマ回虫の卵はいろいろな消毒処理を行ってもなかなか死滅しません。また、卵の外皮はどんな表面にも付着する性質があります。ある種の溶剤で処理すると付着できなくなったり死滅することもあります。最も確実に卵を殺すには、枯れ草を燃やすときなどに使うバーナーで汚染した土壌の表面を掘り返しながら丹念に焼き殺すことです。処理後の土は取り除いて埋めてしまいます。
・庭仕事や砂遊びの後は手をよく洗い、爪の間もブラッシングして洗う。
・暖炉や煙突の消毒は十分に火をおこして行う。
・掃除をするときには古着や古手袋を着用し、終了後は二重の袋に入れてきつく封をして使い捨てにする。
・残ったゴミ等はフィルター付きの使い捨て袋に吸い取る。
・使ったゴム長靴は漂白剤で洗い、十分にブラシをかける。
・スチール製の罠やケージはクレゾール石鹸液などを沸騰させてその中に完全に浸ける。
・罠をおいた場所の土やコンクリートの表面はバーナーでよく焼却する。
・小物や有機物はキシレンとアルコールの1:1混合液に浸けるかオートクレーブ
(用語集参照)で処理する。
・これらの作業は訓練を受けた係員が安全基準に従って行うこと。¥()

アライグマ

 ずいぶん厳重な対策が求められていることに驚いた方も多いと思います。これらの対策の中にはアメリカとは生活習慣が違うためにこのままでは日本の実状には合わない部分もありますが、長期間アメリカに滞在中の方やその予定のある方にとっては重要な問題です。
 また、野生動物対策という面では日本でも大いに参考になる内容が含まれていますので、できるだけ原文のままご紹介しました。

■5 おわりに
 日本ではアライグマは幼獣のときの表情が愛らしいことやアニメーション番組の主人公として扱われた影響もあって、ペットとして多数輸入されてきました。しかし、成長して本来の野生動物としての性質があらわれてくるに従って、飼いきれなくなって捨てられたり逃げたりして都市近郊を中心に各地で野生化していることが知られています(図1)。これまで全国的な調査は行われていませんが、一部で調べられた限りでは幸いなことにこれらの野生アライグマに回虫の感染は認められなかったということです。今後とも注意深く調査していく必要があるでしょう。
 アライグマは野生動物です。アメリカでは人間やペットをおそうことも知られています。ペットとして飼育することはもちろん、野生化したアライグマに餌を与えたりするべきではないでしょう。

図1 日本の移入アライグマ分布情報

●用語集
幼虫移行症:
 固有宿主以外の動物に感染した寄生虫が成熟できずに幼虫のまま体内を移動して組織的な傷害を引き起こすことによって起こる症状。
 幼虫移行症の原因となる寄生虫としては、アライグマ回虫のほかにイヌ回虫、ネコ回虫、アニサキス、イヌ鉤虫など、多くの寄生虫が知られている。

HEPA(ヘパ)フィルター:
 High efficiency particular airフィルターの略。空気中の微生物等の粒子を高い効率で除去する目的で用いられる。0.3ミクロン(1メートルの100万分の3)の直径の粒子を99.97%捕捉する能力を有する。微生物粒子は水滴やゴミを核としたエロゾールとして空中を飛散するため捕捉効率は一層高いとされる。

オートクレーブ:
 微生物を高温・高圧で湿熱滅菌すること。病院や微生物を扱う研究室等では日常的に用いられている滅菌方法。日本薬局方では115℃(0.7kg/cm2)で30分間、121℃(1.0kg/cm2)で20分間、または126℃(1.4kg/cm2)で15分間滅菌処理を行うとしている。


筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。