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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気4
NL00030103
狂犬病


     狂 犬 病
                              国立感染症研究所 人獣共通感染症室
                                         神山 恒夫
■1 はじめに
 成田空港経由で海外に出かけるときや帰ってきたとき、われわれは空港第二ビル、または従来からあった空港ビルを使います。しかし、滑走路をはさんで反対側の天浪(てんなみ)地区に、ある重要な施設があることを知っている人はほとんどいません。農林水産省が所管する動物検疫所です。ここには海外から持ち込まれる動物の健康状態を調べるための様々な施設が集中していて、その一つに狂犬病が日本に入らないようにするためイヌ、ネコ、アライグマ、キツネおよびスカンクの検疫を行う、特殊動物舎と呼ばれる真新しい建物があります。
 ところで狂犬病の検疫のためにイヌを調べるのなら理解できるが、ネコ、アライグマ、キツネおよびスカンクとは…?と思われる方がおられるかもしれません。そこで今回は「狂犬病はイヌに咬まれて人にうつる病気」という、『誤解』を解いていただくために書くことにします。

■2 人の狂犬病
 動物は狂犬病ウイルスに感染してある時間がたつと唾液の中にウイルスを排出するようになります。人にはこのような病獣に咬まれたりなめられたりすることで狂犬病ウイルスが伝染します(図1)。咬み傷などから侵入したウイルスは神経細胞に対して強い親和性を持っているために神経に沿って脳まで達し、最終的に中枢神経を冒して神経症状をあらわします。人が感染すると初期症状としては発熱、頭痛、不安感、咬まれた部位の知覚異常や痛みが認められます。感染後期に見られる典型的な臨床症状としては、運動知覚神経麻痺と筋肉の反射高進や痙攣があります。このため液体の嚥下困難がおこり、水を見ただけで痙攣発作を起こすこともあります(恐水病)。一旦発症すると有効な治療法はなく、呼吸中枢が障害を受けて致命率はほぼ100%に達します。通常では人から人への伝播はおこりませんが、発症した後では手遅れなために、防疫と予防が最も重要な対策となります。
 狂犬病に対しては人用、動物用ともに有効なワクチンがあります。イヌを飼ったことのある方は、毎年獣医さんに狂犬病ワクチンを注射してもらっていると思います。人の場合はイヌのように感染を防ぐ目的で接種するのではなく、狂犬病の疑いのある動物に咬まれたりなめられたりした後に接種を開始する、発症を防ぐ目的の「暴露後免疫」の方法をとるのが普通です。これは、ウイルスが神経細胞を伝って脳に達して症状をあらわすようになるまでに時間がかかるため、その間に(これを潜伏期(用語集参照)といいます)免疫を獲得すれば症状を出さずに直ることがわかっているためです。狂犬病ワクチンの特徴はこのような「暴露後免疫」が有効なことですが、狂犬病が多い地域に旅行する場合などには通常のワクチンのようにあらかじめ接種しておくことをおすすめします。

■3 日本の狂犬病
 現在、日本には狂犬病はありません。1957年にイヌが発症したのを最後にこの40年間以上発生していないのです。狂犬病は世界的にはむしろ増加傾向にあるため、わが国のような狂犬病清浄国は例外的とさえ言うことができます。このような狂犬病清浄国は日本の他にはイギリスやニュージーランドなど、限られた国のみなのです。中でも日本の場合、世界に誇ることができる大きな業績があります。それは日本は、それまであった狂犬病をイヌに対するワクチン接種を徹底することによって駆逐することに成功した世界で最初の国であることです。

■4 世界の狂犬病
 世界的には狂犬病の病獣の数、患者数、汚染地域のいずれもが増加・拡大の傾向にあります。ところで狂犬病が身近な存在ではなくなったわれわれ日本人は「狂犬病」という言葉からこの病気は「イヌ→人」の病気であると思いがちです。もちろんその名称が示すようにイヌが最も主要な狂犬病の感染源動物であることに間違いはありません。しかし歴史的には、狂犬病は始めはおもに野生の混血動物の病気であったものが都市部の飼い犬の間に伝播してから人間の世界に広がったと言われています。従って、イヌ以外にも、人間と密接な関わりを持って生活しているネコが感染源として非常に重要であります。なお、蛇足ですがネコが感染しても狂猫病とは言わず、やはり狂犬病です。
 狂犬病ウイルスは自然界ではイヌやネコの他にも、それぞれの地域に特有の動物を宿主とした独自の生態系を持っています。
 現在、ヨーロッパでは狂犬病ウイルスはおもにキツネによって媒介されます。このキツネの狂犬病はスポーツハンティングを行う目的でキツネを山野に放ったことが原因とされています。放たれたキツネの中に狂犬病に感染した動物がいて、それによって感染が拡大したのです。
 北アメリカで重要な狂犬病の病原動物というとアライグマ、スカンク、コヨーテ、それにコウモリです。ここでもアライグマはスポーツハンティングの対象として人為的に州の間を移動させられました。現在ではアライグマの中の狂犬病はアメリカの東部海岸地帯を南から北に向かって拡大しつつあると言われています。またアメリカでは、コウモリが原因となったと推定されるヒトの狂犬病感染も多数おきています。このため、狂犬病対策関係者の間ではコウモリに対しては非常に強い警戒感が持たれています。
 アジアやアフリカでは野生動物よりもイヌが感染源として重要とされています。飼い犬とも野良犬ともつかないイヌが多数いることが原因の一つかもしれません。
 ここで、世界各地で狂犬病感染源動物として重要とされている動物を表1にまとめてみました。
 表には示していませんが、イヌとネコは世界中で感染源となる可能性のある動物と理解して下さい。ともあれ、狂犬病がイヌだけの病気ではないことを是非ご理解いただきたいと思います。

■5 狂犬病感染動物の症状
 読者の方の中には、狂犬病に感染したイヌはよだれを垂らし、檻の柵に噛みついたり凶暴な顔つきで吠えつき、攻撃してくるものと思っている方が多いと思います。そのこと自体は間違いではありません。しかし、必ずしもそればかりとは言えないのが狂犬病の特徴です。
 動物が狂犬病ウイルスに感染した場合、症状を出す前に、言い換えると潜伏期間中から唾液の中にウイルスを排出している場合があることが知られています。このような場合には見かけ上「正常」な動物から狂犬病が感染する可能性があることになります。また、動物によっては感染しても明らかな症状を出さずにウイルスを運び続ける「キャリアー状態」になっている場合もあることもわかっています。
 また、感染後の時期によっては動物は興奮状態ではなく、運動失調などの麻痺症状をあらわしてじっと、おとなしそうに見えることがあります。狂犬病を発症したイヌでは15-20%が麻痺型であると言われます。ですから、狂犬病が存在している地域では、犬を始めとした動物には、うかつに手を出したりして咬まれないようにすることが大切です。万一咬まれた場合には狂犬病を念頭に置いた「暴露後免疫」を始めることをおすすめします。

■6 おわりに
 最初に紹介した農林水産省成田動物検疫所の特殊動物舎では、法律で検疫の対象として定められている動物を係留して観察しています。これによって、仮に潜伏期間中の動物が輸入されたとしても、水際でくい止めて国内への侵入を防ぐことができます。検疫の期間はその動物の輸出国における狂犬病の有無や、輸出国における獣医師の証明書が付いているかどうかによって異なり、14日から180日とさまざまです。この間動物たちは「相部屋」または「個室」に収容されますが、ペットの場合は飼い主と対面するための「面会室」まで備わっている立派な施設です。
 今回、狂犬病とアライグマ、狂犬病とコウモリの関係がとても強いと書いたのを読んで驚かれた方があると思います。今回だけでは紹介し切れませんでしたので、次回はこのことに焦点を絞って書いてみたいと思います。
●用語集
潜伏期:
 病原体が人や動物などの宿主の体内に侵入してから、宿主が症状をあらわすまでの期間。その期間に病原体は増殖したり、体内を移動して攻撃部位に到達する。
 一般に潜伏期の長さはウイルスなどの病原体の侵入部位、侵入した病原体の量とその病原性の強弱などによって様々である。狂犬病の場合、咬傷部位等から侵入したウイルスが中枢神経に達して発症するまでが潜伏期で、一般に他の感染症よりは長く、通常は6-150日、約4週間と言われるが、希に1年以上の場合もあり不定である。このため咬傷を受けた後直ちに「暴露後免疫」を開始することで長い潜伏期間中に免疫を成立させ発症を予防することができる。

筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。