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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気3
NL00020104
ペスト /動物 /感染症


プレーリードッグとペスト
                   国立感染症研究所 人獣共通感染症室
                               神山 恒夫

■1 プレーリードッグとは(用語集参照)
 前回、日本ではここ数年、従来あまり飼育されることのなかったいわゆるエキゾチックアニマルをペットとして飼育する人が増えていると書きました。その一つにプレーリードッグという動物がいます(図1)。鳴き声がイヌに似ていることからこう呼ばれますが、北アメリカ中西部を原産とするげっ歯類(ネズミやリスなど)の仲間です。北アメリカ中西部では、フリーウエイを走りながらでも草原などに茶~クリーム色をした体長約30cm位のずんぐりした体型で立ち上がったり走り回っているのを見ることができます。日本へはこの野生のプレーリードッグが捕獲されて毎年2~2.5万頭とも3~5万頭とも推測される数が輸入されています。しかしこのプレーリードッグが北米における最も重要なペストの感染源であることを知っている人は少ないと思います。今回はこの問題について考えてみます。

■2 ペストとは(用語集参照)
 ペストは本来は野生げっ歯類の病気で、ペスト菌という細菌の感染で発病します。自然界ではペスト菌はげっ歯類と、それに寄生しているノミによって作られている、げっ歯類→ノミ→げっ歯類…という感染のサイクルを渡り歩いています。しかしペスト菌自身は人間を含めた多くの哺乳動物に感染する能力があるため、偶然このサイクルに巻き込まれると人間もペストに感染します。この場合、感染のサイクルはげっ歯類→ノミ→人間と枝分かれします。地球上には1500種類を越えるとされる種類のノミがいます。このうちプレーリードッグに寄生しているのは限られた種類ですが、その一部は他の動物に対しても吸血活動を行います。このため、流行地では「偶然このサイクルに巻き込まれる」可能性は決して低くないと思われます。
 ペストは現在の日本には存在しませんが、世界的にはアフリカ、南北アメリカ、およびアジアにいまだに広く分布して、患者数も徐々に増加しています(図2図3)。これらの地域に滞在される方は十分に注意する必要があるでしょう。

■3 プレーリードッグのペスト感染
 さてペストは1800年代後半に中国で大流行をおこしましたが、この時発明されて間もない蒸気船によってアメリカ西海岸の港町まで運ばれたと考えられています。そこからさらに中西部へと分布域を拡げたペスト菌は野生げっ歯類の中に定着しました。
 北アメリカの野生げっ歯類のうち特に注意しなければならないのはプレーリードッグです。プレーリードッグはペスト菌に対してきわめて感受性が高く、ペストが発生したコロニーでは99%以上もの動物が死亡することもあるとされています。野生動物の病気を専門としている科学誌にはアメリカ中西部では、プレーリードッグの間にペストが広範囲に流行していることを示す論文がいくつも掲載されています。
 このためアメリカでは多くの州でプレーリードッグの売買が規制されていますが、一部の州ではいまだに輸出が認められており、日本へ向けてペットとして輸出されています。ここで問題なのはこれらのプレーリードッグが輸出に先立って検疫やノミの駆除を受けているかどうかですが、アメリカの感染症専門家はそれに対して強い疑問を投げかけています。事実、1998年には動物業者が輸出用に準備していたプレーリードッグの中にペストが発生して多数の動物が死亡した事件がおこりました。もしこれらの動物が誤って輸出されていた場合には、輸送にかかわった人、輸出入に用いられた飛行場や航空機が未曾有のペスト汚染に巻き込まれたことは明らかでしょう。ペストによる汚染は感染源となるげっ歯類動物と菌を媒介するノミの両方によって広がるため、一旦汚染された後では防疫対策はきわめて困難になります。

■4 ヒトへの伝播
 アメリカ合衆国では、ペスト患者の90%以上がアリゾナ、カリフォルニア、コロラド、ニューメキシコの4州で発生し、これらの州は同時に各種の野生げっ歯類のペスト感染が多いことでも知られています。
 1996年にはアリゾナ州でプレーリードッグの生息地を歩いていた少年がノミに咬まれてペストに感染し死亡したことが報告されています。この場合のペストの感染サイクルとして、プレーリードッグ→ノミ→他のげっ歯類→ノミ→人間というサイクルが疑われました。一方コロラド州ではペストを発症した小児の家の近隣でリスを調査したところ約14%がペスト陽性とわかり、感染源として疑われています。

■5 おわりに
 昨年改正された「感染症新法」の中で、ペストは最も危険度の高い第一類感染症に指定されています。しかし長期間国内発生がないこともあり、ペストは一般の国民はもちろん、臨床医の間でもほとんど意識されていないように思われます。こうした状況で万一ペストが侵入した場合には診断と治療の開始が遅れ、きわめて深刻な状況となることが心配されます。幸い、これまではペットとして輸入された野生由来のプレーリードッグから人間がペストに感染したとする報告はありません。しかし、そのことでプレーリードッグが安全な動物であると考えることができないのは上に述べた事情からもお解りいただけると思います。
 ペットとしての歴史が最も長いイヌやネコでさえ、時として彼ら特有の感染症を人間に移すことがあります。プレーリードッグのように飼育の歴史が浅いエキゾチックアニマルが、これまで知られていない未知の感染症をも含めて、どのような感染症を持っているかは分かっていません。アメリカでは、日本でペストの感染源として高いリスクを持っていることを知らないままにプレーリードッグ飼育熱が高まっていることを揶揄する論調の新聞記事さえ掲載されているのです。
 野生動物をペット目的で輸入することはやめるべきであると思われます。やむを得ず輸入する場合でも厳重な検疫や監視態勢をしくことによって感染症の侵入を防がなくてはなりません。

●用語集
プレーリードッグ(Prairie dog):
 北アメリカ中西部を原産とし、分類学的にはげっ歯目リス科に属する。オグロプレーリードッグなど5種類が知られる。地中に穴を掘り集団生活をする。成獣は体長約30cm、体重約1kg、寿命は5年~10年位といわれる。日本ではごく一部に肝臓疾患のモデルとして研究に使用されているほか、動物園等を除けばほとんどが個人飼育のペットとして輸入されている。輸入プレーリードッグのほとんどはオグロプレーリードッグといわれる。輸入頭数についての正確な資料はないが、1998年度の成田空港と関西空港でプレーリードッグとして申告されて輸入された数は約7000頭であった。別名による申告等を含めると、全国で毎年2~2.5万頭または3~5万頭が輸入されていると推定する報告もある。

ペスト(Plague):
 感染野生げっ歯類からノミによってペスト菌が人へ媒介されておこる人獣共通感染症。人のペストは臨床的に腺ペストと肺ペストの2型に大別される。前者は感染ノミに咬まれることで発症し、治療しない場合の死亡率は40~90%とされるが人から人への伝播はない。腺ペストの患者の体内でペスト菌が肺に到達すると肺ペストとなり、これは患者の咳などによって人から人へと伝播する可能性が高い。肺ペストによる死亡率はほぼ100%に達する。中世のヨーロッパでは異常に増加したネズミの中で発生したペストが人に広がり、全人口の30%とも40%とも推測される犠牲者を出した。これが「黒死病」と呼ばれた。
 わが国では1926年(大正15年)横浜市で発生した8例を最後に、国内発生および海外からの持ち込みも報告されていない。


筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。