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海外生活とSTD対策

シンガポールの性感染症状況

(前)シンガポール日本人会診療所 大西 洋一

シンガポールの性感染症状況

 シンガポールは、アジアの国々の中では経済レベルが高く、治安や医療水準も高いことで知られています。政府の各種取り締まりも厳しく、クリーンなイメージが強いですが、その一方で、外国人の出入りが多く、特に職を求めての近隣諸国からの労働者の流入は合法、違法共に大変多く、人の流れとともに感染症などの疾病も持ち込まれてきます。
 シンガポール政府は正規の外国人労働者にはHIV検査と結核検査を義務づけており(一定条件を満たす頭脳労働者に限っては自己申告で済んでいます。)、その対策にあたっています。しかし、当然のことながら、観光客や不法就労者についてはそのような管理は行われず、HIV、結核に限らず様々な感染症が持ち込まれる危険性をはらんでいます。
 シンガポールにおける性感染症の動向については、今年はまだ公表されておらず、昨年12月に公表された2000年のまとめについてふれてみたいと思います。  まずはHIV感染症についてお話しします。2000年にはシンガポール居住者について226人の新規HIV感染者の報告があり、1999年に比し、9.7%増加しています。1985年に初めて患者の報告があってからの累積患者数は1362人となりました。2000年には143人がAIDSを発症しており、うち35人はHIV感染者と判明してからの発症です。  人口100万人に対するHIV感染者数は1999年には64人でしたが、2000年には69.3人に増加しました。AIDS患者に関しては、同じく人口1000万人あたり1999年には43.5人で、2000年には43.8人でした。(Fig. 1)
2000年にはAIDSによる死亡者は87人で、人口100万人あたり26.7人でした。

 HIV感染症患者として報告された1362人のうちの大多数(64.0%)は診断された時点で40歳以下でした。男女比は7:1です。世代ごとの疾病率では30代が最も高かったです。

 HIV感染者のほとんど(58%)は独身者でした。(Table 1)職業に関しては、管理職や専門職が12.5%を占めており、サービス業や営業が19.9%を占めていました。(Table 2)
 感染経路については、最も多いのが性交渉でした。(Table 3)異性間性交渉が71.9%を占め、同性間性交渉が21.9%を占めていました。2000年には生下時の感染の子供が1人、薬物の静脈内注射による感染者が3人確認されています。

 AIDS発症患者767人についてですが、360人(46.9%)はニューモシスチス・カリニ肺炎を併発しています(Table 4)。171人(22.3%)にサイトメガロウイルス網膜症がみられ、154人(20.1%)に播種性結核が見られました。非定型抗酸菌症は132人(17.2%)、肺結核は95人(12.4%)、それ以外の肺炎は130人(16.9%)でした。加えて、トキソプラズマ感染症は70人(9.1%)、カポジ肉腫は20人(2.6%)でした。ニューモシスチス・カリニ肺炎はAIDS患者に顕著に見られる併発症であり、シンガポールにおけるAIDS患者の併発疾患の傾向は、西洋の統計とほぼ同様でした。

 次にその他の性感染症についてお話しします。
 シンガポールにおける性感染症は1980年には人口10万人あたり1013人でしたが2000年には156人と著明に減少しています。留意すべき主要な性感染症は梅毒、淋病、非淋菌性尿道炎です。(Fig. 2)

 2000年については、非淋菌性尿道炎が人口10万人あたり41人で、性感染症の中では最も多いです。淋病に関しては1999年には人口10万人あたり45人でしたが、2000年には37人に減少しました。梅毒は3番目に多い性感染症ですが、2000年には人口10万人あたり24人でした。その他の細菌性尿道炎、性器ヘルペス、コンジローマ、カンジダ、軟性下疳、トリコモナスなどをあわせた疾患の報告数は人口10万人あたり54人でした。
 全体的に、性感染症の感染率は25─29歳の年齢層で高い傾向にあります。(Fig. 3)

 男女比は3.2:1で男性に多いです。女性においては、20-24歳の年齢層で感染率が高く、男性では、25-29歳の年齢層で感染率が高いです。

 主な性感染症それぞれの傾向について説明します。
 まずは淋病ですが、1980年には人口10万人あたり629人でしたが、2000年には37人に減少しています。2000年には出生児に母胎から感染する、新生児淋菌性結膜炎の報告はありませんでした。
 ペニシリン耐性の淋菌の割合は1999年には52%でしたが2000年には55%へわずかに増加しています。
 非淋菌性尿道炎は1980年には10万人あたり89人でしたが、1999年には31人へと減少しました。しかしながら2000年には41人と増加しています。この多くはクラミジア感染と思われます。
 最後に梅毒についてですが、1980年には人口10万人あたり45人でしたが、1991年には24人へ減少しています。1992年から1997年にかけては27人から37人へと増加しました。しかしながらその後、1999年には29人、2000年には24人と再び減少傾向にあります。活動性の梅毒患者数は1986年には10万人あたり18人でしたが、著明に減少し、2000年には4人です。2000年には先天性梅毒の報告が全部で3例ありました。
 以上、シンガポールの性感染症の動向でした。

日本人の感染状況

 さて、私が当地にて診療を開始し1年半あまりとなりますが、その経験の中での日本人の性感染症動向についてお話したいと思います。  性感染症で受診する患者さんのほとんどは、尿道炎です。時に淋病の患者さんも見かけますが、大多数は非淋菌性尿道炎、クラミジア感染症と思われます。一月あたりの新規受診者は1-3名です。性器ヘルペス、ケジラミの患者さんは時折見かけます。梅毒と尖形コンジローマの患者さんはそれぞれ1名の経験があります。今のところ、当院ではHIV感染者の受診はありません。
 実際に当地で日本人がどの程度性感染症に罹患しているかは知る手立てがありません。この種の疾患の場合、人に知られないようにしようとする傾向にありますので、当地には他にも日系クリニックがありますが、それらを受診せず、はじめからローカルのクリニックを受診するケースも多いようです。
尿道炎に関してですが、日本のように、迅速かつ精度の高い、尿検体での遺伝子増幅法はシンガポールでは普及していません。特定医療機関に依頼すれば行えますが、結果がなかなか戻ってこないので、その前に治療を開始し治癒してしまいます。したがって、当地では尿検査と臨床症状から病原体を推測し、治療しているのが現状です。
 当院を受診する尿道炎の患者さんの感染経路は、ほぼ100%性風俗女性からです。シンガポール国内だけでなく、マレーシア、インドネシア、タイなどの近隣諸国で感染した人も多く見受けられます。ほとんどの人は性交時にコンドームは使用しているものの、オーラルセックス時にはコンドームを使用せず無防備なため感染しているようです。中には酔った勢いなど、コンドームを使用せずに性交し感染したケースも少なからずあります。全く無防備なケースは論外として、せっかく気をつけていても正しい知識のもと行動しなければ意味がありません。正しい知識の普及の重要性が感じられます。もっとも、そういった行為におよばないのが、最も確実な予防策であることは言うまでもありません。
 性感染症に関連して次に多いのは、自分はHIV患者ではないかという心配に取り付かれた、HIV神経症とも言うべき人です。一般にHIVに感染しても検査でそれが明かになるのは、感染後3か月以降です。自分は感染したのではないかと言う不安を持つものの、それを確かめるすべもなく3か月を過ごす人は、その間何度もクリニックを受診します。また、ちょっとした体調の変化から、自分はHIVに感染しているのではと考え来院する人もいます。そういった人たちの中には、確かにリスクのある行為をした人もいれば、その程度のことで感染することはまずないだろうというような人まで様々です。こういった人たちの不安を解消し、安心していただくのはなかなか大変なことです。
 シンガポールの性感染症対策についてですが、何事も取り締まりの徹底した国ですから、もちろん、この問題に関しても積極的です。先にお話しした就業ビザ取得者のHIV検査もそうですし、テレビやラジオなどでも積極的にHIV防止キャンペーンが行われています。
 政府は、外国人肉体労働者向けに、HIV予防の知識を広げる集いなどを開催し、コンドームを配布したりしています。
 一般の人々の性に対する意識は、人種と宗教の多様性を反映して、保守的な人から開放的な人まで様々です。しかしながら、どこのコンビニエンスストアでもレジの前にコンドームが並べて置いてある(写真1)など、公共的には積極的な取り組みがなされています。その他、雑貨店などでもコンドームはよく目にしますし、町の中心地にはコンドーム専門店もあり、いつも若者でにぎわっています。
(写真2、3)





(写真1) どこのコンビニエンスストアでもレジ前にはコンドームの棚が設けられている。



(写真2) オーチャードの通りに面したコンドーム専門店。



(写真3) 中は若者中心に多くの人でにぎわっている。

シンガポールの性風俗事情

 つぎにシンガポールの性風俗事情についてお話しします。法律上シンガポールでは売春行為は違法です。それだけでなく、日本においては犯罪とならない行為を犯罪として定めている場合もあります。いわゆる露出狂的行為や公共の場での裸体だけでなく裸体に近い状態や、たとえ私有地であっても公共の場から見える場所での裸体も違法として扱われます。暴行その他刑法違反の行為により他人の品性を侮辱した場合、厳しい刑事罰の対象となっており、特に女性の局部を含む場合には、通常9か月から1年間の懲役及び鞭打刑が科されます。また、不自然な性行為も刑事罰の対象となっており、同性愛やオーラルセックス(但し、異性間で前戯として行われる場合は除かれます)もこれに含まれます。不自然な性行為を行った場合、無期又は10年以下の懲役及び罰金が科されます。また、男娼の斡旋をした場合、2年以下の懲役が科されます。19歳の未成年の少女に対して甘言を弄してオーラルセックスをさせたケースが同法違反とされたケースがあります。
 しかしながら実際には、シンガポールにも売買春は存在し、性風俗産業と言えるものが存在します。法律上売買春は違法のはずですが、1997年よりシンガポールにも売買春が合法となった地域が存在します。中でもGeylang地区はシンガポールでは誰もが知る場所です。表通りはおいしいドリアンが手にはいるショップや有名なローカルフード店が立ち並んでいますが、路地に入れば日本でいうところのラブホテルに類する建物(写真4)や店が一目で識別できるよう番号を掲げた丸形のライトの灯る、一目でそれと分かるお店が立ち並んでいます。(写真5)





(写真4) 裏通りには多くのホテルが立ち並んでいる。







(写真5) 店には番号がついており、丸いライトが灯る。こういった店が何件も軒を連ね、店の前には客引きがたむろしている。

 ここは政府公認ということもあり、働いている女性は3か月に一度のHIV検査を含む定期的な健康診断が義務付けられており、町では警察官がパトロールしていたりします。ちなみに21歳以上しか働けないことになっています。働く女性はマレーシアやタイ、フィリピンからの出稼ぎ者が多く、中には不法入国滞在、不法労働者もいるようです。もちろん不法な人々には政府の管理は行き届いていないと考えられます。この地区で診療を営む医師の話では、一般的な性病患者はいるものの、HIV陽性者を診療した経験はないとのことでした。ただし、この話がどの程度信頼できる情報かは定かではありません。
 オーチャードなどの町中では他のアジア地域と同じくKTV(カラオケラウンジ)やバー、ときにスパやサウナなどで売買春もしくは斡旋行為が行われていますが、これらは全て違法であり警察の摘発の対象になります。
 日本人がよく利用する小規模な日本人向けKTVではカタコトの日本語を話すシンガポール人ホステスがいますが、ここでは、基本的に売買春はありません。一方大きなホテルに付属して存在するようなKTVは高級カラオケラウンジで、個室でホステスが付き、表向きカラオケを楽しみながらお酒を飲む場所です。(写真6)このような店には主に中国各地からの出稼ぎ女性が働いており、実情は売春を目的としています。(写真7)客との交渉が成立しなければホステスには客がついた分の時間給しか手に入りません。



(写真6) 大きなホテルにあるKTVの店構え。



(写真7) 高級ラウンジの室内とそこで働く中国からの出稼ぎ女性。

高い旅費をかけてやって来た彼女たちにとって、2週間の滞在中の稼ぎは売春客をとれるかどうかにかかっており、死活問題なのです。もちろんここでは売春が違法であるどころか、短期観光ビザや学生ビザで入国している彼女たちが働いている事自体違法です。エージェントが中国から彼女たちを入国させ、店ではママさんと呼ばれる人物が彼女たちと客の間で売春の仲介業務をします。ママさんは女性と客のトラブルを防ぐ役割と、女性にコンドームを渡したり、安全な性交渉の指導をしています。

 近年中国本土において、地方では薬物使用や買血制度のために、都市部では性風俗関係者によりHIV患者が急速に増えており社会問題化しています。性感染症も同様です。性風俗を職業とする女性たちはハイリスク群となるので、注意が必要なのはいうまでもありません。
 スパやサウナなど東南アジアの中国人社会でよく見られるマッサージと称する売春行為はここシンガポールでも見られます。当院に来院する患者さんは、先のGeylang地区やこのマッサージでの感染者が多いです。
 その他、インドネシア領のビンタンやバタムにもKTVはありシンガポール在住者はゴルフの後などに利用する人がいます。そこでは性感染症にたいする認識が欠如しているのか、未だにコンドームの使用が必然ではなく、客まかせです。非常に危険な状態といえます。
 不特定多数の相手と性行為を行うことは性感染症のハイリスクとなります。当然性風俗女性はハイリスクグループであり性風俗行為は場所や行為の程度によりリスクの差はあるものの、全くないということはありえません。したがって、最も確実な予防法は性風俗行為をやめることであるのはいうまでもありません。しかしながら、これまでの歴史からも性風俗がなくなることはないので、性感染症の正しい予防は個人にとっても社会にとっても重要なことです。コンドームの正しい使用による性感染症の減少効果はすでに証明されており、明らかです。性風俗女性も多様化し、全ての人が性感染症について正しい知識を持って働いているわけではありません。たとえ定期検査を受けていても、むしろ正確な知識もなく働いているのが現状です。性風俗女性に感染させるのは男性であり、さらに男性を通じて一般家庭に性感染症を持ち込む可能性があります。そういったことを防ぐためにも、正しい知識を持ち、行動し、感染した場合には積極的に治療することが重要です。

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