ニュースレター(機関紙)
JOMF派遣医師便り
NL08070101
シンガポール、フィリピン、インドネシア、中国、医療事情
◆シンガポール シンガポール日本人会クリニック 日暮 浩実 ◇鳥インフルエンザ演習 7月2日、シンガポール日本人会クリニックでは鳥インフルエンザの患者さんへの対応演習を行いました。皆様もご存知の通り、シンガポールの隣国、インドネシアでは鳥インフルエンザの患者発生が散発的に続いています。当地に東南アジア地域の拠点を持つ企業が多いため、必然的にインドネシアへの出張者も多いという事情があり、鳥インフルエンザに罹患した患者さんが来院される可能性を考え、今回の訓練を実施することとなりました。 参加者はクリニックのスタッフの他に大使館からオブザーバーが1名来てくださいました。また、模擬患者は日本人会のスタッフが演じました。 鳥インフルエンザは死亡率が高い(63%)ですが、発病後早期に治療すれば救命の可能性が高まります。シンガポールでは治療に当たる医療機関は指定されていて(Communicable Disease Center, CDC)、十分な治療が受けられるようになっています。 一般クリニックの責務は、早期に患者さんを搬送すること及び二次感染を防止することです。 当クリニックにはSARSの時期にも働いていたスタッフが多いのですが、SARSに比べ、鳥インフルエンザは致死率も高く、また新型インフルエンザは感染力が強いと考えられるため、SARSより更にきめ細かな注意が必要です。SARSの経験があることが、逆に裏目に出ないように、対応を見直し、こうした対応のどこを改善すればよいかを見つけることを今回の訓練の目標といたしました。 今回の想定は二つで、まず想定1は、患者さんが、クリニックの入り口に張ってある注意書き(疑い患者さんは院の外から電話をするように書かれています)に気づき、クリニックに入らずに、建物の外から、クリニックに鳥インフルエンザの疑いがあることを電話連絡してきた場合です。 この時は、電話を受けたスタッフは、患者さんにその場で待機するようにお願いし、同時に他のスタッフに疑い患者さんが来たことを知らせます。(この際には、その場にたまたま居合わせた他の患者さんを不安にさせないために、特別の合言葉を使いました。) そして、看護師が手袋、ガウンなどを身につけたうえで、患者さんを所定の場所に誘導しに行きます。誘導される場所は屋外の所定の場所に張られたテントです(これはSARSの時に購入されたものです)。ベッドも設置します。もちろん、現時点で常にこのテントを張っておくわけにはいきませんので、患者さんが来院されたときに同時に、セキュリティーに連絡して張ってもらいます。実際にやってみるとこの設営には時間を要し、患者さんと看護師がしばらく待つということになってしまいました。 医師も、完全防備して患者さんの問診、診察にあたります。診察に使う、聴診器などは特別に用意されたもので、通常の診察時に使うものと混同されないよう、別に取り置いてあります。筆記具なども同様です。 診察の結果、疑いが濃いと判断したら、(本当にこうした事態が生じたら)国から特別に指定された救急車をコールして、患者さんを搬送してもらいます。搬送先は先ほど申し上げた伝染病センターです。また、患者さんの氏名、パスポート番号、住所、勤務先、病状、鳥などとの接触歴の他、患者さんと接触した人の名前などを記した書類も運んでもらいます。 SARSの時には、多くのクリニックがこのコールを利用したため、救急車が来るまでに2時間以上を要したこともあるそうで、その間、患者さんを安静に安全に待たせておくことが懸案事項となっています。時間がかかれば、其処での2次的感染、容態観察、トイレの使用など、様々な問題が出てきます。 患者さんを搬送した後は、適切に感染防護服を適切に脱ぎ、廃棄することが必要です。 また、患者さんの使用した、ベッドなどをクリーニングするわけですが、それに携わる人が2次的に感染しないように、感染防御方法などを習熟させておかなくてはなりません。 想定2は患者さんがクリニックの外の注意書きに気づかず、そのままクリニック内に入ってきてしまった場合です。当院では診察前に必ず、問診票を書いて頂いていますが、このシステムでは問診票が出来上がるまで、こちらはその疑いを察知することができません。この間に、たまたま居合わせた患者さん、受付スタッフなどは感染の危険にさらされることになるので、さらに早く覚知する方法を見つけ出す必要があることがわかりました。 疑い患者さんを覚知した後、スタッフは速やかに防護マスクをし、患者さんにもマスクをしていただきます。他のスタッフにも知らせつつ疑い患者さんを一時待機していただく場所に誘導します。そして、防護服を着た看護師が患者さんを館外のテントに誘導します。その後は、想定1と同様です。 同時に、たまたま居合わせた患者さんに状況を説明し、速やかにマスクを配ったり、接触者の候補として、お名前、連絡先の確認をします。接触者となれば、診断が確定したら自宅待機をお願いすることにもなります。説明の内容や行ない方には、十分な配慮が必要です。 想定2では受付スタッフは無防備のまま、近距離で接触してしまう可能性が高くなります。これを避けるためには常日頃からのマスクの着用が必要に思いますが、当地では社会慣習上の理由からマスクを着用することに抵抗があり、問題を複雑化しています。その他、診療費をどう請求したらよいか(普通は患者さんのサインが必要)といった現実的な問題もあります。 演習の後、スタッフにフィードバックをしてもらい、また、会議も行いました。会議では皆が積極的に発言していたことから、今回の訓練の副次効果としてスタッフの意識が高められたことがあると思いました。 今後も議論を重ね、より良い対応策を作っていきたいと思います。 ![]() 診察用テントを設営しているところです。テント内にはベッドが設置されています。 ![]() 患者さんの診察風景。医師、看護師は感染防御用にガウン、マスク、ゴーグル、手袋を着用し、患者さんにはマスクをしていただいています。看護師が体温を測っています。 ◆マニラ マニラ日本人会診療所 小栗 千枝 ◇疲れていませんか? 今この文章を読み始めたあなた、最近疲れている、そう思っている方はどのくらいいるのでしょうか? 2004年の文部科学省の一般住民を対象にした調査では、疲労を自覚している人が約6割、半年以上疲労が続いている人も約4割いた、そうです。 疲労の誘因となるストレスには、 ・精神的ストレス(人間関係のあつれきなど) ・身体的ストレス(長時間残業、過度の運動など) ・物理的ストレス(紫外線、騒音、温熱環境など) ・科学的ストレス(ホルムアルデヒドなどの化学物質) ・生物学的ストレス(ウイルス、細菌、寄生虫など) があり、 長期の身体疲労は精神疲労を、そして長期の精神疲労は身体疲労を伴ってきます。 そして、身体的、精神的ストレスによって、NK(ナチュラル・キラー)細胞活性の低下など、様々な免疫機能が低下することが、最近の研究から明らかになっています。それが長期にわたることで、感染症やアレルギー、癌などの疾患を引き起こしていきます。 医療機関での内訳、治療の流れ 疲労を主訴とする疾患には、急性の場合は感染症が最も多く、慢性(6か月以上)の場合は半数以上が非器質的疾患(検査で臓器に異常が見られないもの)で、その中で一番多いのはうつ病だそうです。 うつ状態、うつ病以外に、疲労の原因となる疾患には、 ・内分泌・代謝疾患(甲状腺機能異常、副腎不全、糖尿病など) ・薬物中毒(疲労感を惹き起すような薬剤を長期服用する疾患も含む) ・肝疾患(肝硬変、B型肝炎、C型肝炎など) ・電解質異常、脱水 ・血液疾患(貧血、白血病、リンパ腫など) ・AIDS などがあり、 (その他、肺気腫、心不全、慢性腎不全、慢性関節リウマチなどの膠原病、炎症性腸疾患、多発性硬化症などの神経系疾患、睡眠時無呼吸などの睡眠障害、など) それらを鑑別するために、 ・尿検査 ・便潜血検査 ・血液一般検査(白血球、赤血球、血小板、末梢血液像) ・CRP、赤沈 ・血液生化学(肝機能、腎機能、電解質、血糖、コレステロールなど) ・甲状腺検査 ・心電図 ・胸部レントゲン などの検査が行われ、 身体疾患、精神疾患が特定されれば、それぞれの疾患に対する治療が行われます。 しかし、2000年に文部科学省の疲労研究班が一般の医療機関を対象に調査を行ったところ、外来受診者の45%に半年以上の慢性的な疲労が見られたものの、そのうち医師が疾患を特定できたのは、わずか39%に過ぎなかったそうです。 また、身体疾患でも精神疾患でもなく、いろいろな検査をしても原因の特定できない慢性疲労症候群と呼ばれるものも0.3%くらいあります。 普通とは違う激しい疲労感が半年以上続き、微熱や咽頭痛、リンパ節腫脹などを伴います。免疫異常や心理的要因、アレルギー、ウイルス感染などが関与しているとされていますが、現代医学では、はっきりした原因は分かっていません。患者さんの8割が女性です。 治療法も確立されていないので、非薬物療法(認知行動療法、運動療法など)、薬物療法(抗うつ薬や抗不安薬、漢方薬、ビタミン剤など)など、様々な治療が試みられていますが、効果が出にくく、副作用も出やすく、治療に難渋するケースが多いようです。 疲労は主観的な感覚で、個人によって体力や適応能力に違いがあるように、疲労を感じる閾値も違います。精神科的にみると、仕事を頑張りすぎたり対人関係を過度に気遣いしたりする、いわゆる過剰適応の人は疲労をためこみやすいそうです。 また、労働災害の認定の際に、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたり45時間を超える時間外労働が、発症と関連があるとされています。自殺にかかわる労災認定の事例でも、長時間労働者が多かった、と報告されています。 東洋医学的には 慢性的に倦怠感が持続し、原因疾患がはっきりしないとき(慢性疲労症候群も含む)、漢方治療が試されることがあります。気虚労倦、気血両虚、水湿肢重、暑熱傷気、気鬱身重などの病態があります。 ・気虚労倦(エネルギー不足):補中益気湯、六君子湯、黄耆建中湯 ・気血両虚(消耗):十全大補湯、帰脾湯、人参養栄湯 ・水湿肢重(浮腫):防已黄耆湯、真武湯 ・暑熱傷気(夏負け):清暑益気湯 ・気鬱身重(精神抑鬱):四逆散、柴胡加竜骨牡蠣湯 などが使われます。 疲労回復のために、日常生活での注意 疲労とは、活動するためのエネルギーが低下した状態ですが、活動に必要なエネルギーを産生する機能が低下した時、そのエネルギーの使用が過剰になる時、その両方がある時に起こります。 1)活動に必要なエネルギーを産生する機能の低下 ・食物の消化吸収率の低下 ジャンクフードばかり摂っていては代謝に必要なミネラルやビタミンは摂れません。バランスの良い食事を心がけましょう。 また、もともと胃腸機能が弱い方は、いくら食事の内容が良くても栄養が十分に吸収できません。よく噛むこと(できれば最低50回)、少量の食事を何回かに分けて食べる、ということが必要かもしれません。 ・睡眠不足 一日のうちで交感神経が優位の時間が長いため(ストレスが多い場合も同様)、内臓の循環不良により機能も低下し、十分な栄養が吸収できません。 また、睡眠の時間帯も問題で、夜11時から深夜2時に眠ることが、それ以外の時間にそれ以上眠るよりも効率がいいと言われています。早寝・早起きを心がけましょう。 ・身体の冷え 冷えがあると内臓の循環不良、機能低下となり、更には免疫力も低下すると言われており、疲労以外にも様々な病気の原因となっていきます。 運動不足、身体を冷やす飲み物・食べ物の摂り過ぎ(アルコール、ジュース、夏の野菜や熱帯の果物、乳製品など)、クーラーの過剰使用、シャワーだけで湯船にゆっくり浸からない、などは身体を冷やす原因になります。職場などで個人的にクーラーの調節が不可能な場合は、上着や腹巻、カイロなどを使用することで対処できるかもしれません。 2)一日の活動に必要なエネルギーの使用の過剰 活動する時間が長い、つまり睡眠不足の状態です。 疲労を改善するためには、当たり前のことのようですが、早寝・早起き、食事の改善、身体を冷やさないこと、適度な運動など日常生活の改善が基本です。これらは自分自身でしか出来ません。 それでも疲労が持続するときは、上記のような病気が隠れていることもあります。その時は医療機関を受診するようにしてください。 民間療法 にんにく、にら、ねぎ、たまねぎ、らっきょう、生姜をよく食べる。 干し椎茸の戻し汁を飲む。 などがあります。 昔、24時間戦えますか?という某栄養ドリンクのCMがありました。ここフィリピンでも大勢の企業戦士の方々がいらっしゃいます。私にはその苦労はあまり分かりませんが、過剰な労働に対してそれを要求する会社が悪いと大声で言えるように、健康で仕事をすることが利益追求と同じ目標線上にあるように、社会が変わっていけば、慢性疲労ももっと減り、過労死もなくなるのかもしれません。勤勉な日本人、疲労大国日本、あなたの身体を守れるのはあなただけですよ。どうか労わってあげてください。 ◆ジャカルタ ジャカルタ・ジャパンクラブ医療相談室 高橋 良誌 ◇ジャカルタ「新規赴任者・家族のための医療事情オリエンテーション」が開かれました 6月の4回の木曜日の午後、医療相談室の休診時間を利用して、ジャカルタに新たに住まうひとを対象に、医療情報セミナーを開きました。24名の方に参加していただき、お茶を飲みながらの座談会形式でなごやかに行われました。 今回は、それをふまえまして、ジャカルタでの医療事情の話とします。 医療制度の違い 医療制度は国によって違いますから、日本にいるときと同じように医療が受けられるということはありません。日本の医療制度は世界の中でも特殊であり、長年このシステムに親しんできた日本人にとって、海外のどの国の医療システムにも戸惑いを感じるでしょう。 日本では基本的に、診療費を払えない人でも病院にかかることができます。国民皆保険というシステムと医療費の公的扶助などの制度によっています(最近では、このシステムも問題が起きてきていますが)。 海外では、ほとんどの国が医療は産業または商売であり、お金が払えない人は医療を受けることができません。国によっては、お金を払えない人でも病院にかかれるような制度がありますが、設備の整っていない病院にかかるしかありません。 逆にお金があれば、医療技術が進歩した設備の整った豪華な病院にかかることができます。自分で病院を選ぶことができますが、そのためには病気になる前から情報収集をしておくことが大事です。 日本には国民皆保険制度があるため、医療費はどの施設でも均一です。ところが、海外では自由診療となるため、医療費は施設により異なります。また、医師によっても診察料に違いがあります。 また、窓口での支払いは、日本では実際の医療費の3割ですが、海外では全額を負担するので、海外での医療費は高いと感じがちです。しかし実際にそれだけかかっているのです。また、高いと感じたら、安い病院を探してそちらにかかることも可能ですが、このあたりも個人の選択の自由にまかされます。 インドネシアの医療制度も、このような医療制度と同じといっていいでしょう。お金のある人は、設備の整った病院へいき、お金のない人は国立病院にかかります。国立病院は治療費を払わなくても診療してくれます。ただし、治療方法などに制約があります。ある国立病院では肺がんの患者さんが大勢入院していましたが、治療方法は抗がん剤だけです。抗がん剤の費用は国が出してくれるからです。その他の治療方法についての費用は出してくれないため、選択肢がないのです。 日本からの駐在の人は、比較的多くの方が海外旅行傷害保険にはいっていますので、治療費の心配をすることはほとんどないと思いますが、治療費にも上限がありますので注意しましょう。くも膜下出血の人が手術を受けるときに、手術代だけで、約250万円といわれたそうです。ジャカルタで医療を受けるときには、どこへ行けばどんな医療を受けられるか、自分はどんな保険に入っていていくらまで治療費を払えるのか、このような情報は知っておくことが重要です。 海外で利用できる医療保険には、現地の医療保険、海外旅行傷害保険、日本の健康保険の3つがありますが、ジャカルタでは現地の医療保険は無いに等しいため、後2者を使います。日本の健康保険には、海外での医療費を還付する制度があります。これには健康保険の掛金を海外滞在中も支払い続けることが原則で、政府管掌や組合健康保険の場合は、日本の派遣元の会社に籍があることが条件となります。もし籍がない場合は、国民健康保険に加入することでも対応できます。ただし、日本の健康保険を利用する方法は、手続きが煩雑で、還付額に限度があります。 医師-患者関係 先進国の医療現場では、医師が患者によく説明をして納得してもらった上で治療を受けるということは、進んできています。ところが、途上国ではそうとは限りません。 インドネシアでも同様で、医師が患者に詳しい説明をすることは少ないようです。日本で病院にかかっているときのように説明を待っていても、なかなか説明してくれません。 日本の病院で診察してくれる医師は、ほとんどが病院の職員ですから、その病院にいるのがあたりまえです。 一方、海外の病院の医師は、ほとんどが病院の職員ではありません。病院からスペースを借りて診療を行っているのです。(オープンシステムと呼んでいます。)したがって、その病院にいつもいるとは限らず、主治医に会いたくても病院にいないということもありえます。患者側にとって不便なシステムのようでありますが、これもいたしかたないことです。医師が診察に訪れたときに、積極的に質問して十分に説明してもらうように努力することが必要です。 医療レベル 海外では、医療レベルに不安を抱かれる方も多く、ジャカルタでもそのような声を少なからず聞きます。ジャカルタのように日本人が滞在する大都市には、現地のお金持ちや外国人向けの医療施設が存在し、一定のレベルの医療を受けることができます。病院で選ぶのなら公立病院よりも私立病院を選ぶ方が無難です。設備面や医療従事者の技術面で安心できます。 ジャカルタで日本人がよく入院する病院 ジャカルタジャパンクラブ医療相談室に受診された患者さんで、昨年の1年間に入院を要した患者さんは34名でした。メディストラ病院、ポンドックインダ病院、アブディワルヨ病院、シロアム病院の4つの病院に入院しました。デング熱10名、A型肝炎6名、虫垂炎3名、脳卒中2名、アメーバ症2名などの疾患で入院したのですが、手術を受けた方も6名ありました。この他の病院でも、医療レベルとして問題ない病院もありますが、入院実績としてはこの4病院にしぼられます。 インドネシアの薬事情 病院で処方する薬は、おおよそ日本と同じ成分の薬がありますが、やはり日本にあってインドネシアにないものが存在します。「日本で服用していた薬をそのままインドネシアでも継続したい」という場合には、事前に問い合わせをするのが無難です。できれば赴任前に確認しておくと、同じ成分の薬がない場合に、他の薬で代替えが可能かどうか、日本の主治医とあらかじめ相談しておくことができます。血圧を下げる薬、コレステロールを下げる薬などの同じ効果の薬の範疇で、選択可能な状況であれば、あまり心配がいりません。 インドネシアの市中にある薬局では、病院で処方する薬がそのまま購入できるところもあります。実際にそのように購入し、服用している患者さんもおられますが、安定している状態でも2か月に一度程度は診察を受けるのが望ましいものと思われます。また、インドネシアでは、まがいもののにせ薬も出回っていますので、慣れない人が購入するのは、お勧めできません。 日本では一般的な、病院で処方する漢方薬(エキス顆粒で1包ずつのみやすくなっているもの)は、インドネシアにはありません。漢方薬を常用している人は、日本から持ち込むのが確実です。 予防注射 インドネシアで生活する上で必要な予防注射ですが、A型肝炎、破傷風はお勧めです。注射することで、抗体獲得率も高く、ほぼ完全に病気を防ぐことができるからです。ただし、予防注射による抗体は時間とともに減少してきますので、永久的なものではなく適度な間隔で追加接種が必要となります。 次に勧められるのは、B型肝炎ですが、インドネシアには、1本の注射にA型肝炎とB型肝炎の両方がはいったワクチンがありますので、一緒に受けてしまうのが良策です。 狂犬病や日本脳炎などのワクチンもありますが、必要性についても説明しますのでご相談ください。 インフルエンザの予防注射は、世界共通のワクチンが年2回、北半球、南半球のそれぞれの冬のシーズンに合わせて出回ります。インドネシアは熱帯にあり、冬の爆発的な流行はありませんが、どちらからもインフルエンザが持ち込まれてくる可能性を持っています。したがって、半年ごとにワクチンを接種することが理想的です。新型インフルエンザやトリインフルエンザへの直接の予防効果はありませんが、一般的なインフルエンザの予防法を地道に行うことが、新型インフルエンザの予防にもつながることが強調されています。 ◆大連 大連市中心医院日本人医療相談室 星野 眞二郎 ◇災害医療とトリアージ(Triage)について 2008年5月19日午後2時28分から3分間にわたって、列車や船舶の汽笛、自動車のクラクション、防空警報が一斉に鳴らされる中、全国民が黙祷を捧げました(四川大地震が起きたのが、5月12日午後2時28分ですので、地震発生からちょうど7日目、つまり168時間後になります)。この間、中国国内全土ならびに世界各地の中国人が、同時に黙祷を捧げる姿がテレビ番組の生中継で放送されました。 19日から21日までの期間は、“四川大地震の犠牲者に対する全国各民族の深い哀悼の意を表す”ために“全国哀悼の日”とすることが国務院により発表されました(19日から21日までの3日間は、テレビやラジオでは四川大地震に関する共通の番組が放送され、普段見られる娯楽番組等は一切放送されませんでした)。 7月中旬時点で、死亡者が7万人弱、行方不明者が約1万8千人、負傷者が38万人弱と発表されています。このうち約7000人が現在も入院しているそうです。今回の地震で、何らかの治療を受けたけが人・病人は合わせて約250万人にのぼります。また、震災で両親を失った孤児の数が約4000人と発表されています(民政部発表)。 “災害医療”とは、地震、火災、洪水、津波などの自然災害ばかりでなく、故意事件 (テロリズム、無差別傷害・殺人事件)、爆発、化学汚染・放射能汚染、あるいは新型感染症といった、同時に多数の傷病者が発生し、通常の診療体制では対応出来ない事案を意味します。 災害時に必要とされる医療体制は災害の種類により異なります。例えば外傷患者が多数発生した事案では、外科系医師、手術室・集中治療スタッフ、麻酔科医を総動員出来る体制を24時間以上に渡り維持しなければなりません。 実際に当院からも四川地区被災者救援のための医療隊が2回に渡って派遣されましたが、先発隊は救急部医師ならびに外科系医師(脳外科医・胸腹部外科医・整形外科医など)でした。後発隊のメンバーには内科(特に感染症専門医)、小児科医師、産科医師、心理科医師等が含まれていたそうです。 また、災害時においては医療スタッフ・救助スタッフ自身が被災することも想定しなければならないとされています。 また、“災害医療”とは医療体制のほか、避難場所の確保、食糧・飲料水・衣類の確保、外傷後ストレス傷害(PTSD)のケア、ボランティアの編成・派遣、災害派遣医療チームとの連携なども包括した概念です。 災害医療でよく使われる言葉の一つとして“トリアージ(Triage)”が有ります。これは人材・資源の制約を受ける現場において、“(最善の救命効果を得るために)多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先順位を決定すること”を指します。 以下にトリアージの判定基準、判定分類、START(Simple Triage and Rapid Treatment)について述べます。 判定基準:以下の要素を総合的に判断します。 総傷病者数(災害の規模を反映) 医療機関の許容量(必要とされる処置・治療が出来る近隣の医療機関の数と規模) 搬送能力(救急車・救急ヘリコプター等の稼動数) 重症度・予後(救命可能な重症者が何人くらいいるか) 現場での応急処置(止血処置、気道確保、静脈ライン確保など) 治療に要する時間(傷害の内容あるいは重症度により異なる) 判定分類:患者の状態ならびに必要とされる処置の内容により、以下の四つのカテゴリーに分類されます。 黒(Black Tag)カテゴリー0 死亡、もしくは救命に現況以上の人員・救命資材を必要とし救命不可能なもの 赤(Red Tag) カテゴリー1 生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置が必要で救命の可能性があるもの 黄(Yellow Tag) カテゴリー2 今すぐに生命に関わる重篤な状態ではないが、早期に処置が必要なもの 緑(Green Tag) カテゴリー3 救急での搬送の必要がない軽症なもの START法:以下の方法により迅速かつ簡単にトリアージを行うことが出来ます。 ①歩けるか? 歩ける→緑(カテゴリー3)→状態の悪化が無いか絶えず観察 歩けない→②以下へ ②呼吸をしているか? 気道確保なしで十分な呼吸が出来る→黄(カテゴリー2) 気道確保が無ければ呼吸できない→赤(カテゴリー1) 気道確保しても呼吸が無い→黒(カテゴリー0) 呼吸はあるが頻呼吸または除呼吸→③へ ③ショック症状(血圧低下、意識レベル低下等)が有るか? ショックの兆候が有る→赤(カテゴリー1) ショックの兆候無し→黄(カテゴリー2) 小規模の災害なら赤(カテゴリー1)になるケースでもSTART法を用いた場合には、黒(カテゴリー0)になってしまう事が多くなります。これはSTART法自体が、現場に混乱を来たしてしまうほどの“大規模な災害”を想定して考え出されたものだからです。また、この方式は、“腹膜刺激症状(腹膜炎の有無の判定に使われます)”の有無や“クラッシュ症候群(救出後に、挫滅筋肉組織より血液中に大量のカリウムが放出されて、心停止を起こすことがあります)”、“静脈血栓症(長時間、動かないことにより、特に両下肢の静脈に血栓が生じやすくなりこと、この血栓は肺の血管に詰まることが有る)”などの特殊な病態を無視しているため、追って詳細に状態を観察するとともに、トリアージを繰り返し継続することが前提になります。 また、“負傷による苦痛”に関しては訴える体力・能力を喪失している重傷者より、軽傷者の方が訴え自体は一般に激しいため、訴えに耳を傾けるとともに、重症度を迅速に判定することが重要になります。 現場での“黒(カテゴリー0)”はすなわち“死亡”として切り捨てる判断を下すことを意味します。従って “黒”を付ける判断には医療関係者の心理的負担が大きいことが推測されます。しかし、ある一定の訓練を受けた者であればその判断に誤差が出ることは比較的少ないと考えられています。 実際、2004年8月9日に福井県の美浜原子力発電所で発生した重大労災事故(10数名死傷)において、救出時に心肺停止状態であった4名には“黒”の評価が現場でなされ、救急搬送はされなかったそうです(のちの検死により、この4名はほぼ即死状態で蘇生不可能だったことが判っています)。 また、先日、東京秋葉原で起きた殺傷事件(7名死亡、10名負傷)においても、被災者を重症度により振り分ける際に、このトリアージの手法が用いられたそうです。 (以上) |