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ニュースレター(機関紙)

JOMF派遣医師便り
NL05050101
シンガポール、フィリピン、インドネシア、中国、医療事情

◆シンガポール

シンガポール日本人会診療所
日暮 浩実

◇デング熱に注意

デング熱は蚊によって媒介され、高熱、頭痛、眼窩痛、全身倦怠感、時に発疹などの症状を呈する熱帯地方特有の疾患です。世界中では年に約5000万人から1億人の患者が出るとされ、そのうち25万人から50万人ほどはデング出血熱という重篤な病態を呈することが知られています。

シンガポールでは2004年には9459人が発症し、1990年以後で最大の流行となりました。(表1)また、2005年に入ってからはこの傾向はさらに悪化し、4月末の時点で昨年同期の約3倍の患者が出ています。またデング出血熱のため毎年数名の死者が出ています。死亡者の年齢、職業などは様々で特に共通した特徴はありません。

さて、他の地域ではあまり報告がないようですがこれら9459人のデング患者のうち少なくとも29人に視力障害がみられました。患者の多くは20歳代であり、程度は手動弁(眼前の手の動きがわかるだけ程度の視力)となった者もありました。ステロイド剤などによる治療によって視力の改善はみたもののデング罹患前の視力まで回復しない症例も多いとのことです。視力障害の機序はまだ明らかにされていません。今後、デング熱に罹患した場合、出血熱以外に、視力障害についても注意を払わなくてはならないと考えられます。

デング熱はワクチンがなく、蚊に刺されないようにすること以上の予防法は現在ありません。肌の露出をさけたり、虫除けスプレーを使うなど蚊に刺されないための対策を十分にとりましょう。

表1.シンガポール国内におけるデング熱(出血熱含む)発生数(人)




9091929394959697
人数1640206227417941084175628774039
98990001020304 
人数510511384022064356045429459 






◆マニラ

マニラ日本人会診療所
宮本 悦子

◇まだまだ少ない大人の予防接種率

当地で健康診断をおこなった方々の結果の中で、A型及びB型肝炎の抗体が陰性の方が、実に多くいらっしゃることに驚かされます。お話をお伺いすると、ワクチン未接種の方、追加接種をせずに赴任される方、赴任後追加接種をつい忘れてしまう方、それから、予防接種のこと自体全く念頭にない方もかなりいらっしゃいました。

汚染された生水や生ものを経口摂取することで感染するA型肝炎の発症は当地では多く、B型肝炎の持続感染者もかなり多いとされています(正確なデータは入手困難)。
「自分だけはまずかからないだろう」とつい油断をしてしまいがちですが、毎年のように急性肝炎で入院される邦人の方がいらっしゃいます。長期滞在する方は赴任前に最低でもA型、B型肝炎(幼児の場合はB型肝炎)の予防接種は受けて来られた方がよろしいかと思われます。いずれも3回の接種で、抗体ができるまで数ヶ月から半年ほどかかりますので、早めに接種開始されたほうがいいのですが、もし接種の途中で赴任になりましても、当地で追加接種および抗体ができたかどうかの検査もできますので心配いりません。

次におすすめするのが破傷風、狂犬病、腸チフスです。このうち、日本では入手困難な腸チフス予防接種は当地で接種できますので来比された際にはご相談ください。

そして赴任前にはできれば会社単位で、予防接種の指導なども加えていただけると幸いです。

乳幼児の場合も、予防接種の記録をお持ちいただければ赴任後のスケジュールを問題なくたてることができます。日本脳炎ワクチンも日本人会診療所にはあります。しかし、一番の違いは、当地では麻疹、風疹、おたふくの3種混合ワクチン(MMR)と麻疹の単独ワクチンはありますが、風疹、おたふくの単独ワクチンの入手は不可能です。したがって、3つのうちどれかを日本で接種済みの1歳前後で赴任となる場合、最寄りの保健所に事情を説明すれば、早めに麻疹や風疹の場合は無料(公費負担)の用紙をいただけるので日本で接種をすませて来られるか、日本一時帰国の際に接種されたらよろしいかと思われます。
 


◆ジャカルタ

ジャカルタ・ジャパンクラブ医療相談室
菊地 宏久  

◇大津波被災地を訪れて感じたこと-医療の観点から

インドネシア・スマトラ沖で2004年12月26日、大地震とそれに伴う大津波が起こった。数十万人の死者・行方不明者と数百万人にも及ぶといわれる被災者を生んだ未曾有の大災害となった。被害は震源地に近いインドネシアアチェ州の甚大な被災のみでなく、世界各国に及んだ。タイ国もそのひとつだ。
2005年3月12日から3泊4日でタイ国カオラックの津波被災現場に行く機会を得たので、医療の面から感じたことを報告する。

訪れたカオラックは、観光で有名なプーケット島空港から車で約2時間のタイ国本土にある。プーケット島も大きな被害を受けたが、復興事業は早く進み、観光客も徐々に戻りつつあった。しかしカオラックは町がまさに貧困に根ざしている感じが漂っていた。地震から2ヶ月余り経過しているというのに殆ど手着かずで町が放置されていた。ひと気も非常に少なくゴーストタウンと化していた。家も家族も生活も、すべてが一瞬のうちに奪い去られた。案内をお願いしたガイドによれば、津波後に一般日本人が来たのは初めてとのことだ。

海岸線から500mのところにはタイ国軍艦が津波で海から流されて丘に打ち上げられ、そのままの格好で「陸に浮かぶ軍艦」として放置されていた。更に車で10分くらい走ったところでガイドが車を止めた。”あっ“と思わず声を出してしまった。
テレビや写真では似た光景を何度も見ていたが、これほどすさまじい状況だとは考えもしなかった。想像をはるかに超えるものだ。海岸沿いのコンクリートのホテルや家はバラバラに砕け、自動車は前後左右から押し潰され、ひっくり返され、山積みに衝突している。いたるところでコンクリート内の鉄筋が大理石や椰子の木を突き刺している。トイレの便器が砕け、金属板の「LADY」の文字が風にばたばた音を立てていた。ホテルや商店街があったであろう面影さえ想像できない。まさにこれでもか、これでもかとブルドーザーか戦車が破壊した跡のようであった。

津波の直後には何百体もの死体がこれらの瓦礫に挟まって真っ黒に腐っていたとのことであった。生臭い臭いで辺り一面は近寄るだけでも吐き気を催すほどだったという。記録写真には、手や足が引き裂けた真っ黒な死体があちらこちらに足の踏み場が無いほど横たわっていた。
この様相を見、改めて一人や二人の医者の力は自然の猛威の前では全く無力であることを強く感じた。この大災害に対して近隣の病院はどのように対応したのか、対応できたのか。ガイドに近隣の病院訪問を願い出た。

二日間にわたり四つの病院を訪問し、地震・津波でどのように対応したかを聞くことができた。病院名は書かないが、私立病院二ヶ所、公立病院二ヶ所を訪問した。私立病院の一つはCT,MRI、心臓手術も可能な手術室も設備され、金さえ出せばなんでもしてくれる病院だ。二つの公立病院は医療設備が不十分で病院内も暗く、ジャカルタに住んでいる平穏時の日本人は“行きたくない病院”と感じるであろう。

これら病院が大災害に対してどう対応したのか。
災害当初は医者もスタッフも専門性にとらわれることなく何でも行った。病院の廊下にも、待合室にも簡易ベッドやシーツが敷かれて患者が横たえられた。その場で死んでいった患者も大勢いた。もちろん災害直後は病院は患者を選り好みできない。患者も行き先病院を選択する余裕はない。患者達はどうにかたどり着ける病院に駆け込んだ。家族を抱きかかえて近くの病院に助けを求めた。限られた人員と器具で、できる限り治療が有効にできるように医師たちは病態に応じて患者を選別した(この選別を“トリアージ”という)。
運ばれた病院の医療設備で「助かる見込みは無い」と判断されれば、医師は患者に手をつけることもしない。まだ呼吸をしているとしても見捨てるしかなかった。
「患者差別をするなんて、なんとひどいことを!」と感じるかもしれないが、トリアージは集団災害では大切な考え方とされている。「災害状況下で助かるべき患者を助ける」という考え方である。トリアージする医者もつらいことだろう。しかし限定された医療スタッフと限定された器具、物理的・経済的環境から“鬼のような”判断をしなければならなかった。
                
“理屈”はここでは通用しない。日本のような十分設備の整った病院も極め少ない。日本のような保険制度も整っていないし、たとえ日本でも大災害時には思うように機能するわけではなかろう。
道路は寸断されている、走れる車は無い。金があっても空港へも行けない、空港も使える状態ではない。 従って、「海外搬送」という切り札も使えない。こういう環境下では現場でできることを最大限に施行してもらう以外に無い。被災者は現場の医療にすがるしかない。それがどんなに粗末な医療環境・医療技術だとしても、である。
現場の医療環境がどんなにひどくても、そこに命を託すしかない。

日時の経過ともに病院内にも落ち着きが戻ってくる。患者の経済状態に応じて治療法も異なってくる。設備の整った病院で金のかかる治療をすれば助かるかもしれないが、支払能力がないと思えばそこまではしない。裕福なものだけが設備の整った病院へ搬送された。

このような大災害が私の住むインドネシアの首都ジャカルタで起こったら在留邦人はどうなるであろうか。
空港は閉鎖され、飛行機は飛べない。道路は寸断されている。毎日通勤で世話になっている自家用車のドライバーへの連絡もできない。連絡できたとしてもドライバーは来ない。傷ついた自分の足で歩いて病院へたどり着かねばならない。自分の足で家族を探し、抱きかかえて病院へ運ばねばならない。しかもその病院も甚大な被害を受けている。水道は出ない、電気もガスも使えない。感染症が蔓延してくる。想像するだけでも恐ろしくなる。

現実の問題として、大災害時には“粗末で貧弱な医療” と思われても、それに自分と家族の命を託すしかないのである。
しかしインドネシアの医療は本当に貧弱で粗末な医療だろうか。私はそうは思わない。
“インドネシアにも日本人より優秀な医師はたくさんいる”と私は感じている。
無理をしてインドネシア国外に移送するよりも、病態に応じて適切な現地の医療機関や医師達と連絡をとり、必要時には専門医を紹介することのほうがどれだけ患者さんのためになるかわからない。

私は2004年9月ジャカルタで起きたオーストラリア大使館自爆テロ事件のとき、爆弾現場から3軒隣の病院での救急対応現場を目の当たりにした。爆弾事件は午前の診療時間中に「ドドーン」というすさまじい爆音と地響きで始まった。インドネシア人同僚の医者達に指示されながら強制封鎖された道路を約20分歩いて現場の病院にたどり着いた。日本人患者がいないか探した。爆弾による死亡・重症負傷者の9割以上がいやおう無しにその病院に担ぎ込まれた。地震・津波での大災害と同様に待合室、廊下には傷だらけの患者が横たわって治療を受けていた。病院の庭には仮設テントを張って医療活動がなされていた。そこで見た光景は、素早く適切なトリアージと処置であった。10名以上の死者と150名を越す入院を要する重症患者が約1時間の間に一挙に押し寄せた(軽症患者は他の病院が受け入れた)。顔、腕、足に爆風で外傷を受け、肉片が飛び散っていた。出血した傷口をタオルや洋服で覆っている患者が病院に入れず道路にもあふれ出ていた。しかし医師・看護師・スタッフ達はすばやい適切な対応処置をしていた。
日本の医療機関にはここまでできる訓練はされていないと感じた。

大災害に備えて我々在留邦人は何を準備しておくべきなのだろうか。
少なくとも、インドネシア人医師の能力をあげつらい、病院の設備の不十分さを批判することではないだろう。
日本人医師だけでは何もできない。特に災害時には「地の利」と「医療環境」を熟知している現地の医師・スタッフとの協力関係無しには有効な緊急医療は望めない。
災害時には日本人患者であっても何の特権も無い。「日本で平常時に受けるような十分な設備の整った施設での治療」は望めない。

我々がすべきことは、非災害時においてこそ、即ち普段から、信頼できる現地医療スタッフと協力し良好な信頼関係を構築・維持しておくことである。現地の医療スタッフ、薬、器具を可能な限り有効に提供してもらえるような環境を作っておくことである。緊急時には日本からの薬や援助も待てない。日本でしか手に入らないような薬や器具があったとしても、日本語で説明が書いてあるのでは、当地の医療スタッフは使い方も分からない。器具が壊れたときにメンテナンスもできない。“日本式”の医療を求めがちだが、緊急時に日本の医療観念や方法論を当地の医療スタッフに突然押し付けても混乱を招くのみである。
現地の医療スタッフの力不足や病院設備の不備を批判するのでなく、彼らの意見や考え方を尊重し、情報の交換や治療法について普段からディスカッションを積み重ねていくことが非常に大切と考える。

緊急時には医師も患者も迅速に、冷静に対応をしていくことが要求される。そのためには正確な情報把握とその情報に基づいた適切な判断能力を普段から各自が養っておくことも必要であろう。必要とされるワクチン接種をしておくことも必要であろう。
「現地の医療環境に即した緊急時の判断能力を養うこと」、「現地の医療資源で可能な限りの治療を有効に施行してもらえるような関係を普段から維持していくこと(現地主義)」が重要であろう。そのためにはインドネシアの人々と常時の「信頼関係」を基礎としたネットワークが造られていなければならない。

なお、敢えて付言すれば、「信頼関係」は相手を迎え入れる態度から生まれるものではないだろうか。



◆大連

大連市中心医院日本人医療相談室
星野 眞二郎

◇“風邪(かぜ)症候群”について

中国大連市日本人医療相談室の星野です。今年の4月より大連に赴任しております。当相談室の4月の疾患別受診状況を見ますと、やはり何と言っても圧倒的に多いのが、いわゆる急性上気道炎(俗に言う“風邪(かぜ)”)です。

原因として、大連という地域が寒冷かつ非常に乾燥しているという気候的特性を有するのも一因かもしれません。英語ではcommon cold (like illness)と言いますが、厳密には日本でいう風邪と少しニュアンスが異なり、日本の風邪よりやや広い疾患概念のようです。そこで、今回は疾患としては非常に多いながら、明確な疾患概念が定義されていない風邪(かぜ)(症候群)を取り上げさせていただきます。

“風邪(かぜ)”という用語は一般によく使用される用語ですが、いわゆる医学的な病名ではありません。“かぜ”は鼻炎、咽頭炎などの総称であり、正式には急性の上気道炎のみを指しています。

一方、日本の“かぜ症候群”には明確な定義はないのですが、上気道炎だけでなく喉頭炎、気管・気管支炎などの下気道炎も含めた(場合によってはインフルエンザまでも含めた)より広い意味での急性気道感染症を指すことが多いようです。“かぜ症候群”の原因のほとんど(90%以上)がウィルス感染です(呼吸器系ウィルスは現在230種類以上が知られています)。かぜは年間を通じて感染する可能性がありますが、冬季に流行するインフルエンザなどの呼吸器系ウィルスは、寒冷と乾燥という気候条件に適しています。一方、夏かぜウィルスは高湿度を好み夏季に流行するのが特徴です

現在、抗インフルエンザ薬以外の呼吸器系ウィルスに対しての有効な薬物はないので、かぜ症候群の治療はウィルス感染によって気道の防衛機構(物理的・化学的・免疫学的)が破綻した結果生じる細菌感染症などの二次感染(中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎、肺炎、敗血症、髄膜炎)などの発病阻止が主となります。起因菌としてはブドウ球菌、インフルエンザ菌、連鎖球菌などの細菌の他、マイコプラズマ、クラミジアなどがあります。

最近は抗菌薬の投与にもかかわらず効果がなく、治療に難渋する症例も増加しています(薬剤耐性菌)。症状により各種抗生物質(経口・注射)、咳止め(鎮咳剤)、痰きり(去痰剤)、解熱剤・消炎鎮痛剤などの“対症療法”が必要となりますが、十分な睡眠・休養・栄養をとること、不規則な生活をさけること、外出後には必ずうがい・手洗いするなどの生活上の注意も必要です。